キャリアのフロンティアに立つ時代と共に進化する歯科医師のあり方を探る Vol.2
[ベトナム・ホーチミン編]

Series:歯科経営者インタビュー

スマイルデンタルセンター

院長

内田結貴

Yuuki Uchida

「みんなと同じ」ではダメ
遅れてきたルーキーの流儀

人より3年遅れた。「現役で大学に進学しストレートで国試に合格した人と比べて3年遅れて歯科医師になったことは、私のキャリア選択に少なからぬ影響を与えたように思います」。ずいぶんと前から歯科医師になることは決めていた。実家は埼玉県内で開業している予防中心の歯科医院。国立大の歯学部への進学を進める父の助言もあり、検討の結果、広島大学歯学部を志望。しかし、歯学部合格や後の歯科医師国試合格まで紆余曲折があり、結局3年遅れの臨床研修スタートとなった。

「歯科医師国試の浪人時代、フラフラしているわけにもいかないので、派遣社員として働こうと派遣会社へ登録の手続きに出かけたのですが、『運転免許? なし…、エクセル? できない…、パワポ? 使ったことなし…』。何もチェックがつけられず、スキルシートは真っ白のまま。ああ、こんな人間を企業は欲しがらない、歯科医師になれなければ私には何もない…」。揺らぐ自己信頼を抱えながら歩き始めた歯科医師キャリア。手取り11万円の研修医初任給にも、「ありがたい」と自分に仕事を任せてもらえる喜びと充足感を覚えたという。
研修を終えようというとき、28歳になっていた。研修先の医療法人からこのままどうかという声をかけていただいた。実家で予防歯科のさらなる研鑽を磨くという道もあった。しかし、三つ目の選択肢が心を捉えて離れなかった。「ベトナムでやるのはどう?」。
それまでに数度、家族で東南アジアへ旅行に出かけており、歯医者を稼業とする一家の性分から、行く先々の国で「ここに住む人たちの口の中って…」「ここで予防歯科をやった場合…」と家族で議論や想像を巡らせて旅をしていた。成長する最中の経済、文化、人々の生活を知る面白さ。その中で心を掴まれたのがベトナム、とりわけホーチミンだった。折しも、たまたま知人がホーチミンで他のビジネスを手がけており、もしもホーチミンで開業するなら開設の手続きなどの支援ができるというのだ。
海外で開業医―。もともと海外に関心はあったが、歯科医師になると決めたときから、日本の歯科の常識の中にいた当時の自分にとっては想像にもない世界だった。でもそれは「私にしかできないこと」。自分はただでさえ3年遅れをとっており、他の人と同じ土俵で戦っても追いつけない、普通ではないことをしたいという思いもあった。「『ベトナムに予防歯科を待っている人たちがいる』。そのビジョンと予防歯科普及に貢献できたときの価値に、これは自分の中の何かを取り戻すチャンスなのだと直感しました。必要としてくれるならどこにでもいきまっせ! って感じですかね(笑)」。

予防歯科から見える社会
見つめる未来

2010年11月、ホーチミンにて開業。当時、日系歯科として成功の前例のない国で、実家の医療法人とは資本関係を持たない独立系の現地有限会社として、ベトナム予防歯科のフロンティアに立った。ベトナムでの歯科診療は、原則的に自由診療。そのため、かかる費用は決して安価ではなく集患のハードルは高い。予防ニーズのある患者層を狙っていきたいという自らのポジションも考慮して、最終的にはアジア系の外資系企業の駐在員ファミリーが多く住む新興住宅街の7区を開業地に決めた。

志は高く。しかし、取り組んで初めて見えてきたのは、予防歯科普及を阻む社会の多層的な課題だ。「一つは、口の中に対する関心の低さです。20代なのに40代のような口腔といった状態に出会うこともしばしば。検診のために歯科医院に行くという考えも、一般的ではありません。歯や口腔衛生の重要さに対する国民全体の理解は未だこの水準のため、例えば日本からさまざまなボランティア団体がやってきて子どもたちに歯磨き指導をしても、結局その子と暮らす家族が歯磨きの意味や価値を理解していない限り、習慣として身につけさせることは難しいという現状です。また、国民性として、先行きの長いサービスを好まない傾向があります。これは、侵略を受けてきた歴史的な背景が影響を及ぼしているのかもしれません。残せる歯も、そのために治療期間を要するならば、残せなくても1回で解決できる方法を好みます。同様に、歯科医療サイドも一発で強力に早く治せることを良しとする傾向があります」。
自院に通うローカルの患者は増えてきた。しかし、社会全体に予防歯科が広まったとは言い難いという。必要性は確実にある。個人も経済力を高めつつある。つまり、どう社会全体を啓蒙していくかが普及の鍵。まなざしは予防歯科の人材育成へと向かう。「私個人の診療で解決できる範囲には限りがあります。予防の意識を高め、予防のための行動をこの社会に惹起していくためには、予防を担う人材の数、そして育成土壌の創出が必要です。そこに今後取り組んでいきたいと思っています」。
人より遅れていると自覚していた歯科医師が、今、時代の先頭に立ちアジアで活躍する日系歯科医師の先駆者の一人となったが、本人にその気負いはない。
「日系とかそうでないとかに、こだわりはありません。ただ、他人と同じようにできない分、私にしかできないことを見つけるために前に進んできたように思います。<どんな歯科医師になりたいか>というよりも、<どんな人間になりたいか>ということが、私のキャリアの原動力なのかもしれません」。

スマイルデンタルセンター Smile Dental Center

173 Ton Dat Tien, P.Tan Phong,Phu My Hung, Q.7

内田歯科医師のほか、日本人歯科医師とベトナム人スタッフで運営。クリーニングや定期メンテナンスなどの一般的な予防処置に加え、床矯正や口腔ケアグッズの販売など多様な予防サービスを提供し、予防歯科の普及に努めている。
PROFILE
1981年東京都生まれ。広島大学歯学部卒業後、日本歯科大学附属病院にて研修。埼玉県内にある実家の医院等での勤務を経て、2010年5月に来越。同年11月、ホーチミン市に「スマイルデンタルセンター」を開院し、院長に就任。現在に至る。

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